文科省による教育基本法違反認定に強く抗議する声明
2026年5月28日
3月16日、沖縄県名護市辺野古の沖合における修学旅行中の事故で失われた尊い命に、心よりご冥福をお祈りするとともに、ご遺族のみなさまに深く哀悼の意を表します。
文科省は5月22日、同志社国際高校の子どもたちを乗せた船が転覆した事故について「調査結果」を公表した。報告の中で「著しく不適切」とされた安全管理については、子どもたちの命を預かる学校の責任はきわめて重く厳しい批判を免れない。事故の経緯と原因について徹底した検証を行い、具体的な再発防止策を確立することは当然の前提であり、不可欠である。一方で、辺野古新基地の工事を取り上げた学習に対し、政治的活動を禁ずる教育基本法第14条第2項に反するとしているが、文科省は認定にあたって「総合的に勘案して」と説明するものの、十分な根拠を示しておらず疑義が残る。
総務省が示す「指導上の政治的中立の確保等に関する留意点」における「政治活動」の定義では、「その行為が政治的意義を持ち、その効果が政治に関する援助、助長、促進または圧迫、干渉になるような行為をいい、特定の政党との関係の有無にかかわらない」としている。これに照らせば、今回文科省が示した理由は、直ちに「学校は特定の政党を支持、または反対するための政治教育、その他の政治活動をしてはならない」とする規定違反にあたるか否かについて、大いに疑問が残る。最大の問題となるのは、文科省が示す「利害や対立のある事柄を取り上げる場合は多様な見方を示して生徒の理解を深めることが必要」「特定の見方や考え方に偏った取り扱いにより、生徒が主体的に考え、判断することを妨げることのないように留意する」などの中立性確保の解釈についてである。同法にもとづく判断を行うにあたっては、まず教育基本法第14条第1項「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない」の規定に立ち返る必要がある。「教育基本法の解説」(文科省内 教育法令研究会著)によると、「良識ある公民」とは「十分な知識をもち、健全な批判力を備えた政治上の能動的地位における国民」であり、「政治教育」とは愚衆政治・独裁政治を招くことのないよう「国民に政治的知識を与え、政治的批判力を養い、もって政治道徳の向上を目的として施される教育」であると説明している。本来、第2項の規定は、第1項に示された「政治的教養」を育む教育の推進をはかるために設けられたものである。
辺野古新基地問題は、政府方針、地方自治、安全保障、地域住民の意思、環境問題など「政治的教養」を育む上で重要な学習課題である。政治的中立性の確保については一般的・抽象的には理解できるものの、政府方針にかかわる問題に政府が中立性を殊更に強調すれば、現場にとって「政府方針に反することを学ぶこと自体が違法」というメッセージととらえられかねず、現場での萎縮を招くおそれがある。文科省は、政府方針に批判的な立場を避けることが、結果として政府方針を標準化していく作用となり得ることを十分に認識し、抑制的であるべきである。
文科省が教育基本法違反を認定するのは1947年の法施行後初めてである。教育基本法は、「教育の憲法」と言われ、政府が教育に対して恣意的に介入しないよう政府を縛るものである。今回の是正指導の理由をあえて教育基本法違反としたことは、「政治教育を推進するための中立性」から「教育を非政治化するための中立性」へと転化させるものと言わざるを得えない。今回の教育基本法違反認定は、現場の教育を委縮・後退させるものとして、最大限の危惧を表明し強く抗議する。
北教組は、今後も「教え子を再び戦場に送らない」の固い決意のもと、民主的な社会の形成者を育む「主権者への学び」に向けたとりくみを全力ですすめていく。
2026年5月28日
北海道教職員組合
第137回臨時大会委員長あいさつ
2026年2月25日
北教組第137回臨時大会開催にあたって一言ご挨拶を申し上げます。
まず、年度末の大変お忙しい中、本臨時大会に結集いただいた代議員、役員、傍聴者の皆様に心より感謝申し上げます。また、来賓として日政連・北政連の前衆議院議員北海道1区道下大樹さんに参加いただいたことに御礼申し上げます。
さて、先日行われました、2月8日投開票の第51回衆議院選挙では、政策論争は盛り上がらず、高市人気を背景に、無党派層や若者が大きく自民党に流れる傾向が顕著でした。SNSを中心に党公式・非公式を問わず、高市首相を肯定的に捉えるショート動画が驚異的に再生回数を伸ばしたことが、最大の特徴と言えます。その結果、残念ながら自民党が絶対安定多数を大きく上回る3分の2を超える316議席を確保し、維新の会と合わせると衆院で352議席の巨大与党となりました。このことにより、今後、スパイ防止法制定や国家情報局創設、国旗棄損罪の制定、非核三原則の見直し、防衛装備移転三原則における5類型の撤廃に加え、憲法「改正」など「戦争する国づくり」の加速が強く懸念される状況となりました。今一度「教え子を再び戦場に送らない」の決意を強固なものにして、反戦・平和の運動にとりくむとともに、主権者への教育や平和教育のとりくみを強化していく必要性を強く感じました。
私は本年1月、北教組「沖縄平和交流団」に参加してきました。講師の元沖縄県教組委員長の山本さんから多くのことを学びましたが、その中でも、平和教育にとりくむ教職員のスタンスとして「考え続けることが重要である」との言葉が最も印象に残っています。平和教育を行う際には、結論を求めることを目的とするのではなく、自分事として受け止めて関心を持って考え、問い続けることこそがより重要であることを学びました。翻って、平和教育を受ける側の子どもたちにとっても、様々な事柄を知った上で、自ずと発生する様々な問いについて、自分事として考え続ける姿勢を身につけさせることに平和教育の重要な意義があることに気付きました。このことは、平和教育をよりとりくみやすいものにすると同時に、さらなる学びにつながるという意味で一層深みを持たせるものです。
先日、中高一貫の私立灘中学校の入学試験において、「パレスチナで起きていることをきっかけに書かれた詩」として2編の詩に関する問題が出題されたことが話題になりました。出題されたのは国語の読解問題で、パレスチナ自治区の何気ない日常の幸せを「おうち」という単語に投影して親が子に語り、ふるさとがとめどなく破壊される様子を描いた「おうちってなに?」と題した詩と、子どもが自分の足に消えない油性ペンで名前を書いて欲しいと母親に頼む「おなまえ かいて」という2つの詩の日本語訳について表現の意図や思いを問うものです。出題者側は「本校の入試科目には社会がなく、世界で起きている出来事に関心を持ってほしいので、例年国語で社会に関わる文章を出題している。社会的な問題についても興味関心をもってほしいという思いで出題した」としています。作家の高橋源一郎さんは、この入試問題を素晴らしいとした上で、「実は、もっと大切なことは、すでに、ここから教育が始まってるってことなんだ」と評しました。子どもたちに現実に起こっている事象を示し、それについて問いを発すること、あるいは自問させることで、平和教育は十分に成立しうるのです。平和教育は、その気になれば誰でもとりくむことができます。今こそ、我々は平和教育に全力を注ぐときです。組合員一人一人が、殻をやぶって平和教育にとりくみましょう。子どもたちに、真剣な問いを投げかけましょう。社会問題に関心を持ち、真摯に向き合う子どもたちを育てましょう。
以上のメッセージをもって挨拶にかえさせていただきます。ともに、頑張りましょう。



